子どもの自然体験がもたらすアフォーダンスと発達への影響

教育

私の長男は7歳になります。父親に似てオタク気質なもので、基本的にはゲーム好き。
そんな彼ですが、虫取りの時は動きの機敏さがかなり上昇し目つきが一段と鋭くなるので相当驚きます。

子供たちにとって、自然との触れ合いは成長にかなり影響を与えるのではないかと考えています。自然体験は子供たちが外部環境と深く関わり、自然の中での自分のふるまいを理解する貴重な体験です。この記事では、アフォーダンスの視点から、自然体験が子供の成長と教育にどのように役立つかを考えてみます。

はじめに

幼児から学童期にかけての子どもにとって、虫取り、登山、川遊び、農作業といった自然体験は、教室内では得難い豊かな刺激と学びの機会を提供します。生態心理学者ギブソンの提唱したアフォーダンス理論では、環境が個体に提供する「行為の可能性」を指します​。例えば、木登りできる木は「登る」という行為を子どもに誘発し、川辺の石は「跳ね渡る」遊びを可能にし、生き物は「観察・捕まえる」行動を誘います。このように自然環境は子どもの興味と能力に応じた多様なアフォーダンスを備え、主体的な探索や遊びを引き出すのです​。

身体性認知(Embodied Cognition)の視点からも、知識の習得は身体と環境との相互作用を通じて促進されます。屋外で五感すべてを使って物理世界と関わることで、抽象的概念の理解さえも深まると指摘されています​。実際、自然の中での直接体験を通じて、子ども達は自らの身体を使って考え、感じ、行動し、一体となった学習プロセスが進行します​。こうした屋外学習(Outdoor Learning)は単に教室の外で学ぶことに留まらず、環境そのものを「学びの場」として最大限に活用する教育アプローチです​。自然の中で自ら環境と関わり合う経験は、認知・身体・情動・社会性といった発達のあらゆる面にまたがる包括的な効果をもたらすと考えられます​。

以下では、最新の研究知見に基づき、自然体験がもたらす認知的・情動的・身体的・社会的発達への影響と、その教育的価値について考えていきます。

認知的発達への影響

自然環境での遊びや探求活動は、子どもの認知発達を多面的に促進します。まず、自然の多様な地形や生物は子どもの問題解決能力創造性を刺激します。例えば森での「秘密基地づくり」や川でのダム作りなど、子どもは試行錯誤を通じて因果関係を学び、創意工夫する機会を得ます​。また、自然の遊び場にはログ(木の幹)や石といった「Loose parts(遊びに自由度を与える素材)」が豊富であり、これらのアフォーダンスが自主的な目標設定や探究心を引き出すことで、実行機能(エグゼクティブ・ファンクション)が鍛えられることが示されています​。実際、自然豊かな遊び場で遊ぶ幼児は、自発的な問題解決・注意集中・認知の柔軟性といった高次の認知行動を多く表出したとの観察があります​。研究では、自然の遊び空間に存在する丸太や木片などが子どもの計画立案や記憶のワーキングに寄与し、遊びを通じて自己制御や抑制といった能力が発揮されていたと報告されています​。

さらに、自然の中での学習は注意力の回復にも寄与します。いわゆる注意回復理論(Attention Restoration Theory)によれば、緑豊かな環境は認知的疲労を低減し注意力を復元するとされ、教室での学習に戻った際の集中力向上につながる可能性があります。加えて、自然体験は教科学習の深化にも役立ちます。例えば理科教育において、野外での直接的な自然経験を取り入れることで内容理解が深まり、科学的探究心や方法論への洞察が高まることが報告されています​。ある研究では、学校の理科教育に自然体験を組み込むことで知識の定着科学的な思考力が向上し、環境への関心や行動(プロエコ行動)の育成にも効果があると結論づけています​。このように、自然環境は子どもの認知発達に対し、教室では得難い実体験に根ざした深い学びとスキル習得の機会を提供します。

情動的・心理的発達への影響

自然の中で過ごすことは、子どもの情動面にも良い影響をもたらします。まず、自然環境は子どものストレスを緩和し、心理的な安寧を促進します。例えば、緑の多い場所で遊ぶことが子どものコルチゾール値(ストレスホルモン)を低減させるとの研究報告もあり、日常的な自然との触れ合いが情緒の安定に寄与すると考えられます​。実際、自然との関わりは子どもの心理的ウェルビーイング(心の健康)を支える重要な要素であることが指摘されており​、ある体系的レビューでは児童期の自然体験がポジティブな心理状態と中程度の関連を示す研究が多く存在することが示されています​。

また、森の中や野原での遊びは子どもに喜びや興奮、驚きといった豊かな感情体験をもたらします。教師の観察によれば、屋外学習の場では子ども達は教室内よりも「活き活きと好奇心に満ちており、何か新しい発見に常に心を躍らせている」様子が見られたと言います​。さらに興味深いのは、自然の解放的な空間が自己肯定感自信の育成につながる点です。森林学校(フォレストスクール)などの取り組みでは、子どもが自然の中で小さな挑戦(高い木に登る、川を飛び越える等)を成功させる経験が積み重なることで、自分への信頼感や達成感が養われることが報告されています​。例えば木登りは、身体的スキルの向上だけでなく、自分でやり遂げたという自己効力感や内面的な成長にもつながる多面的な発達機会となります​。屋外での適度なリスクを伴う遊び(高所に登る、水遊びをする等)は、危険を判断し対処する力を育み、情動コントロールリスクマネジメント能力を培います​。総じて、自然体験は子どものポジティブな感情を引き出し、不安やストレスを和らげると同時に、挑戦を通じた達成感や自己調整力を育む独自の情動的学習の場となっています。

身体的発達への影響

屋外の自然環境ほど子どもの身体活動を引き出す場はありません。広い野原や起伏ある地形は走る・跳ぶ・登るといった全身運動(粗大運動能力)を促し、虫捕りや木の実拾いは指先の器用さといった微細運動能力の向上に寄与します。研究は、自然を取り入れた幼児教育(森のようちえん等)において、子どもの身体活動量が増大し、座りがちな時間が減少する傾向を示しています​。ある体系的レビューによれば、自然系の就学前教育に通う子は、中程度から高強度の身体活動の機会が増え、バランス感覚の改善や敏しょう性の向上など、運動能力面でもプラスの関連が見られました​。特に質的な分析では、自然豊かな環境が子どもに高強度の遊びやや危険を伴う遊び(高い所によじ登る、速く走る等)をアフォードし、それによって運動能力が鍛えられる可能性が示唆されています​。実際、森の中では不整地を歩いたり坂を登り降りしたりする中で平衡感覚や足腰の強さが養われ、水辺で石を渡り歩けば巧みな協調運動が求められます。Fjortoftらの古典的研究でも、自然環境で定期的に遊んだ子どもは遊具中心の遊びをした子どもに比べ、平衡感覚や運動コーディネーション能力で有意な発達差が見られました。さらに屋外では五感すべてが刺激され、土や水の触覚刺激、鳥のさえずりや川のせせらぎといった聴覚刺激、花や草の匂いなどの嗅覚刺激が豊富です。こうした感覚統合の経験は、脳の発達を促し身体と感覚の調和的な発達(身体知)に資するものです​。要するに、自然体験は子どもの体を存分に使わせることで、健康的な発育と運動機能の向上に独自の役割を果たします。

社会的発達への影響

自然の中での活動は、子どもの社会的スキルや対人関係の発達にも大きな影響を与えます。屋外では教室に比べて活動の制約が少なく、子ども同士が協力したり役割分担したりする場面が自然と生まれます。例えば、川遊びで一緒にせき止め遊びをする際には、相談して石を運び協力し合う必要があり、コミュニケーション能力やチームワーク精神が育まれます。また野外では年齢や興味の異なる子ども同士が交わりやすく、異年齢交流を通じてリーダーシップ思いやりといった社会性も培われます。研究もこうした観察を裏付けています。自然を取り入れた幼児教育の質的研究では、自然環境が子どもに遊び込む機会や仲間と社会的に関わる機会を豊富にアフォードし、創造的な遊びや社交性の発達につながっていることが報告されています​。定量的なデータからも、自然系プログラムに参加した子どもは社会的スキル対人関係能力が向上し、自己調整や共感性といった社会・情動的発達に良い影響が認められる傾向があります​。

さらに、屋外での自由遊びはルールの交渉衝突の解決といったソーシャルスキルの訓練の場ともなります。教員の経験では、「外では子ども達は自分らしくいられるため、教室内よりも友達とのトラブルが少なく、注意すべき行動が減る」との声もあります​。実際、自然の中でのびのびと過ごすことで子ども同士の関係性が良好になり、教師と子どもの信頼関係までも深まるという報告があります​。屋外学習の自由度が高い環境は、子どもに自己主導性を与えるため、教師が指示しなくとも子ども同士でルールを決めたり問題を解決したりする場面が増えます。その結果、社会的な問題解決能力協調性が養われるのです​。加えて、自然体験を通じて子ども達が動植物への思いやりや責任感を学ぶことも無視できません。例えば学校菜園や動物の世話をする活動では、子どもは生き物をケアすることで責任感を培い、仲間と協力して世話をする中で社会的責任チームワークを学びます。このように、自然環境での共同活動や体験は、子どもの社会的発達を促進し、教室内学習では得難いリアルな対人経験を提供します。

教室学習との補完関係と教育的意義

以上のように、自然体験には認知・情動・身体・社会の各面で、教室内の座学では得がたいユニークな学習効果があることが明らかになってきました。しかし重要なのは、これらの発見が教室内授業の否定を意味するわけではない点です。むしろ自然体験と教室学習は車の両輪のように補完し合う関係にあります。教室での体系立てられた知識習得や教師の指導による学びは基盤として不可欠であり、自然体験はそれを実世界の文脈で結び付け、子どもにとって実感を伴うものにします。例えば、理科の授業で昆虫の生態を学んだ後に校庭や森で実際に昆虫探しをすれば、知識が生きたものとなり深い理解につながります。同様に、算数で習った概念も屋外で体を使って確かめることで定着しやすくなるでしょう​。

さらに、自然の中で培われた好奇心や自己主導的な姿勢は教室での学習意欲にも波及します。屋外で「学ぶことの楽しさ」や「発見する喜び」を知った子どもは、教室でも主体的に問いを立て探究する姿勢を示すようになります。また自然体験を通じて養われた注意力自己制御(例えば外遊び後に気分転換され集中しやすくなること)は、教室内でのより良い学習態度に結び付く可能性があります​。教育者はこのシナジーを活かし、屋外学習で得られた経験を教室内カリキュラムと結びつけることで、学習効果を一層高めることができます。事実、カナダの初等教育の現場では、屋外学習によって育まれた社会・情動スキルを教室活動に還元し、SEL(社会・情動学習)の充実を図っている事例もあります​。

結論として、自然体験は子どもの発達に唯一無二の価値を提供する「生きた教材」であり、その教育的恩恵は理論的にも実証的にも裏付けられつつあります。ギブソンの提唱したアフォーダンスの概念が示す通り、自然環境は子ども一人ひとりの発達段階や関心に応じて無限の行為機会を提供してくれます。それに身体性認知や生態心理学の視座を加えれば、心と身体と環境が一体となった学習がいかに深い理解と成長を促すかが理解できます​。教室内での学びと自然の中での学びは対立するものではなく、互いに補完し合うものです。静的な教室の学びに動的な自然体験を融合させることで、子ども達の全人的な発達が促され、「知識の習得」だけでなく「知恵の涵養」へとつながっていくでしょう。その意味で、自然体験を教育に取り入れることは、これからの時代における子ども達の健やかな発達と学びの質を高める上で極めて重要な意義を持つと言えます。

参考文献

Lerstrup, I., & Konijnendijk van den Bosch, C. (2016). Affordances of outdoor settings for children in preschool: revisiting heft’s functional taxonomy. Landscape Research, 42(1), 47–62. https://doi.org/10.1080/01426397.2016.1252039
Liu, J., and RJ Green. ‘The Effect of Exposure to Nature on Children’s Psychological Well-Being: A Systematic Review of the Literature’. Urban Forestry and Urban Greening, vol. 81, 2023, https://doi.org/10.1016/j.ufug.2023.127846.
Johnstone A, McCrorie P, Cordovil R, Fjørtoft I, Iivonen S, Jidovtseff B, Lopes F, Reilly JJ, Thomson H, Wells V, Martin A. Nature-Based Early Childhood Education and Children’s Physical Activity, Sedentary Behavior, Motor Competence, and Other Physical Health Outcomes: A Mixed-Methods Systematic Review. J Phys Act Health. 2022 May 10;19(6):456-472. doi: 10.1123/jpah.2021-0760. PMID: 35537707; PMCID: PMC7613039.

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